私ども出版流通学院事務局は、出版流通学院の開講30周年を記念して、2019年11月1日~2020年1月6日までの約2ケ月に渡り、「30年後の書店の姿は?『書店の未来』アイデアコンテスト」を開催いたしました。

 

新しい30年へと向かうにあたって、「こんな書店をつくってみたい」「こんな書店があって欲しい」など、未来の書店の姿について考える機会とすべく、文章もしくはイラストで、全国の皆様から広くアイデアを募集いたしました。

 

その結果、計197件ものアイデアをお寄せいただきました。ご応募いただきました皆様には、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。


一概には分類できませんが、寄せられたアイデア全体の傾向としましては、お店としての形態や、場としての新しい役割など『書店』にフォーカスしたアイデアがもっとも多く、全体の約半数を占めました。その他、『本』そのものの技術進化や、
書店で働く『人』にフォーカスしたアイデアも、多く寄せられました。

特に『AIによる選書サービス』『薬としての本』『自分好みの装丁で本を一から印刷できる書店』『他業態と融合した書店』といったキーワードが含まれたアイデアは、多くの方からお寄せいただきました。

その中から厳正なる審査の結果、今回は次の5作品を受賞作として選定させて頂きました。

※入賞の3作品はタイトルの50音順でご紹介しています。

最優秀賞
優秀賞
入賞
入賞
入賞
最優秀賞

 

B∞K MUGENDAI (ぶっくむげんだい)

 

 

 

 

 

優秀賞

 

体感ブックストア

 

「ネットで予約したカトウです」
 TSUTAE書店の受付カウンターで名を告げたボク。
「お待ちしておりました。7番へどうぞ」係員の応対はいつも簡潔。それでいい。

 

静かなラウンジはいくつかのブースに区分けされている。どれを見ても赤く”Occupied”が点灯。予約なしで来ようものなら大変だ。7番ブースは緑色の”Empty”でボクを待っていた。着の身着のままでシートに横たわる。このときのボクはなんだか献血きぶん。自分で装着するデバイスは薄くて軽い。ゴーグルと呼ぶよりはアイマスク。視界が遮断されないので手元や周囲が見える。アームに載ったタッチスクリーンに手を伸ばす。予約した作品名と”Ready”の表示。ボクが”Start”をタッチすれば作品が始まる。同時に課金も。

 

カフェ程度の広さしかないこの店だが、提供できる「体感ブック」のタイトル数は一千万を超える。保管場所はここではない。アジア某国の何処かに配信センターがあるらしい。

 

今日、ここでボクが体感する本は『王様のじかん』。2年前、スウェーデンの女子大生が書いたファンタジーだ。出版社の公募入賞を逸して本人がネットに無償公開。あるインフルエンサーの目に留まって感情翻訳された。彼女の推しを得てたちまち人気拡散。リクエスト回数は270万回に達している。紙製ブックが主流だった時代ならどうだったか。この作品は陽の目を見なかっただろう。電子ブックにしても、読者の「読む」手間は省いてくれない。

 

感情翻訳の技術を実用化したのはアメリカのJH大学である。数年前にERS(Emotion Ripping System)の管理センターを立ち上げた。以来、世界各国での商業利用を認可監督している。ERSにとって本は綴られた楽譜のようなもの。作品から感じられるはずの情緒を読み取り信号に変換する。それを特殊なインターフェイスを通じて人の脳に伝える。ほのぼのとした恋。親子の情愛。危険を目の当たりにした緊張感。ヒトの感情は脳内に流れる微弱電流に他ならない。ならば、それらを外部刺激にすれば? ERSはそんな考えに始まった。

 

 205x年の今年、全国の体感ブックストアはカラオケ店より多い。オンラインでサービスを享受できる点で両者は同じ。狭い家に住みながら、本を所有するとか借りるなんて。昔の人たちは窮屈な生活に耐えていたものです。 

 

 

 

 

入賞

 

「新しい世界と出会うための扉」
―多世代が学び合う、地域の文化発信拠点―

 

<30年後の書店でのストーリー>

 

 その日は地方出張で、A町に泊まることになった。初めて担当を任された設計のための現地調査だった。ふだんは、オンラインの会議ばかりだから、現場に行くのは新鮮だ。

 

思いのほか早く仕事が終わったので、ふらりとA町を歩いてみる。昔ながらの建物が残った町並みで、どこか懐かしい感じを覚える。町の中心部をはずれたエリアを歩いていると、一軒の建物に目が吸い寄せられた。ガラスの扉には、「未来書店」と書かれている。

 

 店内には、本がずらりと並んでいる。私が扉を開くと、お店の人らしいエプロンをかけた女性が「こんにちは」と声をかけてくれた。本棚には、子どもの本から大人の本までいろいろなジャンルがずらりと並ぶ。背表紙を見ているだけでワクワクする。

 

A町のガイドブックを手に取った。パラパラとめくった。A町のことがよくわかって、面白そうな本だ。すると、店員の男性が「これ、うちが出版した本なんですよ」と、にっこり笑いながら話しかけてくれた。
「出版もしているんですか?」と聞くと、店員はカウンターの後ろのガラス張りの部屋を指さした。
「あそこが編集室なんです」と指差した先の部屋の中では、一人の女性がパソコンに向かって何か作業をしているのが見える。

 

 そのとき書店の扉が開き、新たなお客が入ってきた。そのお客は若い男性で、ちょうど今見ていたばかりのガイドブックを手にしている。店員にガイドブックの中のページを見せて、「牧場の仕事体験に来ました」と言った。店員は「もうすぐ迎えに来ると思いますので、店内でお待ちください」と言う。本屋で待ち合わせでもしているのだろうか。
しばらくして、勢いよく扉が開いたと思うと、作業着姿の男性が書店に入ってきた。その人は、「どうも」と店員に挨拶した。店員は「お迎えがきましたよ」とさっきの客に声をかけた。客の若い男性は少し緊張した表情で「よろしくお願いします」と頭を下げると、作業着姿の男性と一緒に書店を後にした。

 

 たぶん、私が納得いかない表情をしていたんだろう。店員が「このガイドブックには、この町の人たちや、その人たちが教えてくれる特別な体験が紹介されているんです。ここでは、地域の方たちを先生にした特別な体験をツアーとしても販売しているんですよ。この書店は、地域を深く知ってもらうための入り口なんです」と教えてくれた。
あらためて店内を見回すと、子どもの姿が多いことに気づく。床にぺたんと座り込んで、本の世界に没頭している女の子もいる。その女の子はちょうど読み終わったらしく、ふうっと満足そうに息をはいて本を閉じた。女の子は、立ち上がると、店員のところに本を持ってきた。
「これ、ください」と言って、女の子はカードと本をカウンターにおく。店員は「この作者、おもしろいよね」と言いながら、カードにスタンプを押して返した。私が見つめているのに気づいた店員がカードを見せてくれた。「ここは、学校帰りの子どもたちがよく立ち寄るんです。親がこのカードに代金をチャージしているので、子どもたちが自分で本を買ったり、授業に参加したりできるんですよ。」

 

 「授業があるんですか?」
と私は聞いた。店員が答える前に、女の子がカウンターの上の時計をちらりと見て、
「あっ、もうすぐ始まっちゃう」と言うと、かばんに本をしまい、トントンとはずむように階段を上っていった。
「上には、何があるんですか?」と、店員に聞いてみた。
「2階には、市民大学があるんですよ。子どもから高齢者までさまざまな方向けの講座が行われている学び舎なんです。今日は、詩をつくる授業をしていますよ。のぞいてみます?」と店員は言う。
「ぜひ」と私が答えると、店員が二階を案内してくれた。二階の教室では、小学生くらいの子どもから、おじいさんやおばあさんまでが一緒に詩を読み合っている。授業の最後には、ここで詩集作って、一階の本屋で朗読会や詩集の販売もするのだという。
 「ここは地域のいろんな人が集って、新しい文化を編んでいく学び舎でもあるんです」と、店員は、ほほ笑みながら言った。

 

 

 

 

入賞

 

Bookerからの手紙

 

2050 年日本。郊外都市で生まれた僕は都会で仕事をして、昔は定年といわれた年になっても普通に働いている。

 

僕は「書店」へ毎日行く。書店は昔からは想像できないだろうが、人はあまりいない。お客さんである人はいるが、店員さんがあまりいないのだ。また店員さんがいてもその対応は昔とは変わっている。

 

正確には、僕は2つの顔をもって書店へいっている。1つは上で書いたように「働いている」という顔で。もう1つはお客さんとしてプライベートで通う顔としてだ。

 

「書店員」と昔は言われたが、書店に属する人は少ない。僕は登録している会社とそもそも本屋自体を束ねている会社に契約している。現場である書店は毎日変わるけれども、わりとローテーションで同じ店をぐるぐる回っている気がする。

 

書店で何をしているかというと、本を売ることは少ない。簡単に説明してみよう。

 

まず、お客さんは書店にやってくると、ロボ店員と呼ばれる(実際はその店やお客さんが勝手に名付けたフレンドリーな名前が多い)ロボと挨拶をする。紙の本はもちろんあるが、持ち込んだ電子端末にデータをダウンロードしたら購入が終わる。決済も既にそこで完結している。つまり、レジ的業務がないといっていい。

 

ロボ店員は応対はあまりうまくはないというよりも、対応を求めるのは始めてきた人や書店でどう本を探すかという人向けだ。慣れてきたり常連さんになると僕のような人である「書店員」が対応する。とはいえ、僕らは普段はレジ業務はやらない。つまり、お客さんと会話をするのだ。

 

本のおすすめはもちろん、世界で何が起きているか、近所で見かけた景色、共通の知人がどうしているかとか、最近の面白い話を聞かせてよなど趣味の話に花を咲かせたり様々だ。

 

昔の書店では想像しづらいが、昔でいうサードプレイス、もっといえばほぼ人の家であり、落ち着ける場となっている。ショールームというのが近いのだと思う。くつろぎたい部屋や椅子や机、日があたったりする好きな場所。そういう場所で好きなように読書が出来るからだ。そこに僕のような書店員はもちろん邪魔しないように、会話スペースや人がいないところで談笑をする。これがメインの仕事だ。(ちなみに、昔でいうVRやARも使われているが、人と話すという意味ではリアルの場で人と話すのがやはり人気みたいだ。それと同様でVRやARを使う人もいるけれど、疲れやすいみたいだ)

 

遅くなったがこういう僕らのような仕事は「Booker」(ブッカー)と呼ばれる。本を読むのはもちろんだが、本が好きでそれは紙や電子などを問わず、様々な知恵や知見を会話と本を通して伝えていく。それが仕事である。最近は Vooker(ヴィッカー)というビジュアルの映像や音、プレゼンテーションなどで紹介する人も増えてきている。30 年前には想像は出来なかった仕事だし、そんな仕事はなかった。

 

どちらも共通しているのは本が好きだということだ。本=人との出合いはといってもよく、会話をして人と出合う、その人におすすめの本を紹介することで出合う、出合いを導く仕事として現在とても人気な仕事になっている。

 

ここで一つ疑問に持った人もいるかもしれない。仕事とはいえどう利益や給料や報酬が出るかだ。これは基本的に本が売れなくてはいけないのはもちろんだが、ショールームを利用する人からお金をもらう(書店によって異なる)、または読書に合うコーヒーや食事でお金を取っているところもある(30 年前にもあったがこれがスマートではある)、他にも本を売ることでインセンティブが Booker に与えられる。

 

薦めたくない本を薦めてしまうこともあるかもしれないが(例えば保険業界ではマージン比率が高いものをお客さんのためでもなく利益のためにすすめてしまう)、そのためにマージン率は一定であったり、あまり分からないようになっている。またわかるようになってもこれらの Booker が勧めた本や口コミは利用客であるお客さんが鋭くコメントしたりその履歴がある程度見える。昔でいう信用や信頼、口コミの見える化というものだがそれがかなりシステム化されているといっていい。

 

だから Booker の仕事は書店の場でリラックスしてお客さんと遊んでいるように話すということで、その延長で本が売れるという仕掛けになっている。

 

お客さんとしても僕は利用している。その場合は気に入った Booker と話すことが面白かったり、そのためには全国へ行くこともある。もちろんお客さん同士をつなげてくれたり、面白いイベントがあったりしてそこで新たな出合いも生まれるのが面白いのだ。

 

書店で働く、利用するという意味では根本的な意味で、「本と出合う」という場は変わらない。ただ見た目としては、人が減り、本をおすすめするような人でないと面白くないという感覚だ。一つの仕事として Booker を極める人もいるがそれは一握りだ。多くは兼業として例えば週末は Booker で平日は別の仕事だったりとそれが今では普通になっている。

 

昔は D2C と呼ばれたような直接売るモデルは出版社からお客さんという形で、書店でそれが出来ている。取次や問屋は出版社の本を「書店」に流通させることはまだある。しかし、本が流通しても売れなくなり、人が求める本の意味合いが変わった。ものすごく昔だが、出せば売れる時代ではなく、出しても売れない時代となり、欲しい本を作るということが書店業界にも起きたということだ。もっといえば、欲しい本とは何かというと、人であるということだ。

 

本=人であり、その人に出会えるということを仕掛けた本屋や書店が盛り上がってきたことを皮切りに、上でいうBookerのような仕事が増えてきた。もちろん10年前はまだまだ少なかったのだけど、都会と田舎など地域によって収益構造が異なるため、その違いが面白いということだ。例えば田舎であればそこで泊まれる書店も普通にあり、昔流行った民泊というものとは一線を画している。都会で本屋に泊まれることはなかなか地価や収益モデルから難しいのだろう。

 

出版社が直接出した本は人を表している。紙の本であれば作家や著者なのだが、それをBookerが読み、ダイレクトに書店で出会える。そのサポートをするのもBookerだ。そして、電子データでもしっかりとそれを伝えている。だから個人でも本を気軽に出せるので、品質が低くても Booker がピックアップすればそこそこ売れることになっている。著名度がリアルとネットで統合されている感じといえば伝わるだろうか。

 

例えば、地元 A で書かれた個人の本も地元書店であればピックアップされやすい。Booker の心理以上に地元のお客さんにとっても応援したくなるからだ。

 

まさに本=人=出合うということで、これが出版社や書店のスタンダートとなった結果、発刊点数などは昔より激減したのだが、昔より人がのびのびと一冊に向き合っている印象がある。僕の仕事柄でもあるかもしれないが、「本を紹介する」という感覚ではんく「本になっている人を丁寧に伝える」感覚に近い。だからお客さんは僕の話に思わず耳を傾けるのだ。そしてそこで面白そうな人(本)であれば購入となる。逆に人がでていない本は売れづらく買う人が少ないということだ。

 

紙の本を並べた本屋さんというのが昔は多数あったが今もあるけれど、どちらかといえば、紙の本が愛しいとか嗜好性が強い場となっている。また年齢層が僕より上の 80歳以上の人向けである。もちろん、30-40代の若い人も好きな人はいるがそこに通う人はなかなかいない。変わりに Booker がいる本屋に来てくれる感じが強い。

 

本屋の役割が変わって、昔でいう図書館的な場も生まれている。例えば入場料は不要でコーヒーでいろいろな本が読めるという本屋もある。これは昔は図書館といって行政がやっていたものだ。今もそういう図書館はあるが、学ぶことから仕事を得たり作るための場となっている。つまり、僕のような 70 歳でも普通に働くし、勉強をしている。その場合にどう考えても昔の図書館みたいなところより、Booker がいる楽しい場の方がいい。

 

しかもそこでは様々な話題や使える話があるのでいて飽きないのだ。ここから仕事が生まれることもあるし、小さくいえば次の Booker としての案件も紹介される。そうでないところでは、Vooker のような新しい仕事であったり、それこそ本が好きな人向けに読者でなく作家として作る講座やワークショップも案内される。もちろん、本に興味がなくても、他の様々な仕事について学べる。昔にあった職業安定所のようなものにも使いかもしれない。

 

以上、2050 年の僕からのメッセージだ。書店は 30 年で変わりアップデートされた。とはいえ、本質的には本=人と出合うことは変わらなく、その見せ方や仕事が変わったといっていい。書店とは本との出合いの場であり、それをサポートする本愛溢れる人がいるのは変わらないのだ。だから僕も Booker として働いているのだと思う。

 

ところで、古などの二次流通の話はしなかったけれど、実は中古本も紙では売っている。どうしても電子端末では見づらいものも多いからね。それは著作権者にちゃんと購買毎にお金が流れる仕組みが出来ている。昔ブロックチェーンがどうこういってたこともあると思うけどあれが進化して日常で使えるようなシステムになっているんだ。

 

 

 

 

入賞

 

本屋の赤い糸システム

 

 

 

 

 

 今回のコンテストは、事務局としても初めての試みであり、『1件も応募がなかったらどうしよう』と、不安に思いながらのスタートでした。ところが蓋を開けてみると、予想をはるかに上回る件数のご応募をいただき、改めてご応募いただいた皆様お一人お一人に感謝申し上げます。
 さらにどのアイデアにも『未来の書店に描く夢』『書店の価値の提案』『ご自身の理想の読書体験』『本の持つ可能性
』など、ご応募いただいた方々の『書店』や『本』に寄せる思いがあふれており、審査をしていても胸が熱くなる場面が多くございました。

 

 ご存じのように、出版業界の売上高は1996年をピークに下降の一途を辿っております。『書店離れ』『本離れ』という言葉が耳に定着し、この30年間を振り返ると、決して明るい出来事ばかりではありませんでした。
 それでも、30年後の未来を考えたときに、『書店』や『本』に対して夢や可能性を信じてくださっている方が、全国にこんなにもいらっしゃる―。今回のコンテストを運営して、そのことに改めて気付かせていただけたことが、事務局として何よりの喜び・学びでございました。
 これを糧に、これからの30年に向かって書店の価値を高めるための一歩を踏み出していければと思っております。

 今後とも出版流通学院を何卒よろしくお願い申し上げます。

 


 2020年2月 出版流通学院  事務局一同